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2009年6月28日

アラフォー

僕はアラフォー

80年代の音楽シーンを中学〜高校にかけてMTVで自然と目にしてた世代
当時はまだインターネットなんて便利な物は存在しなかった
僕は毎日自分の気に入った音楽を探しもとめてCDのMTVやラジオ、CDライナーノーツをチェックしていた
もっぱら当時は洋楽専門しかもハードロックだったのもあり大分趣味は片寄ってはいたが。。
それでもランキングの上位に入るアーティストは好きだった
何故なら当時のPVは凝ったものが多く面白い映像やストーリー
(たまに内容とどういう関係が?というのもあった)が楽しめたからだ
今でもたまに深夜やっているのを見かけるとワクワクする
その中で郡を抜いていたのがマイケル・ジャクソンのスリラー

あのインパクトは凄かった。
それまでのPVは根底から覆す作り、もうこれ映画じゃん?って感覚を今でも覚えている
当時の僕はそんな彼の音楽的凄さは残念ながら分かるはずもなく
後にブラックミュージックにハマるまでの間深く聴くことはなかった。。。

20歳になってまもなく僕はあるバンドで初めてギャラをもらって演奏をするようになる
そう世に言うハコバンってやつだ
ここでの経験が今の僕を作っていると言っても過言ではない

今まで仲間同士でやってたバンドではやらないような曲を200曲〜300曲やらなければならなかった

僕はバンドの中で一番年下だった
メンバー皆さんにもの凄い迷惑をかけながらの毎日だった
ミスタッチ、ディスコード毎日毎日自分のヘタさに落ち込んでた
何故なら当時の僕はコードで自由に演奏するということがまったく出来なかったから。。。
今思い出しても恐ろしい。。 ひたすらコードと自分の指を照らし合わせながら練習

練習。練習。

そんな状態でギャラをもらっている自分が申し訳なく思えたり
もう、こんなのやめちゃえばいいとか思ったり。。

それでも続けられたのは僕の知らない名曲が世界には沢山あって
その曲を演奏する度に楽曲の素晴らしさやアレンジ完成度の高さに触れる事が出来たからだったと思う
自分の音楽性を広げるいい機会だったから。。

マイケルの曲も沢山演奏した、ビリージーン、スリラー、say say say
中でも特に好きだったのはアイルビーゼアだった
夜中に自分のダメダメな演奏と比べながらヘッドホンで何度も繰り返し聴いていたのを覚えている
その頃から僕はブラックミュージックというものに興味を持ち始めた

子供の頃から天才と言われた偉人マイケル・ジャクソン


感謝の気持ちと共にご冥福をお祈り致します



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コメント

ほ~っ、真吾さんの音楽生活の歴史にも、マイケルは影響を与えてたんですね。
私も真吾さんと同じくアラフォーですが、音楽番組の録画にハマってた頃、マイケルのファンでなくても耳に入ってきてた“BLACK OR WHITE”のPVが印象に残ってます。

ですねぇ〜(・∀・)スリラーめちゃくちゃ流行りましたね(^-^)CGもまだない時代だったのであのPVは大変だったらしいですよ(^^;)そう考えるとマイケルって偉大ですよねぇ〜
何かの曲のPVで人種問わず顔が変わるPVもありましたよねぇ(^^;)それもマイケルが発信らしいですよ!そう考えると先端を走ってきた人だなぁって思います!!
気づけばあたしもアラサーm(_ _)m時代は常に流れてますねぇ((((゜д゜;))))

気づけば私もアラフォーです。
10代の頃、洋楽CDには歌詞カードが入っていない(海賊版?)ことが
よくありました。何度も何度も聴いて耳で憶えていたものです。
今もその頃に憶えた歌詞が自然に出てくるのは本当に不思議…。
今年は偉大なミュージシャンらが旅立ってしまう。
けれど、遺してくれた音楽はずっと継がれていくのだろうなと思います。
真吾さんが歩いてきた道を少しだけ知ることができました。
これからも素敵な音楽を届けてくださいね♪


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